2013年1月15日火曜日

体罰問題

大阪の桜宮高校の体罰の事件。
最初にニュースの概要だけを聞いた時に、ひどく違和感を感じた。

体罰を受けたことが、なぜ自殺にまで?
自殺を選んでしまうほどの体罰とは一体?

昭和 40 年代生まれのアタシにとって、学校での体罰は珍しくなかったし、家でも母親によく叩かれた。
ただし、それを「愛情だ」と思ったことはない。
母親のそれを「折檻だ」と思ったことはあっても、「愛情だ」なんて一度も思ったことない。
今でも。

学校で叩かれるのは、例外なく「お仕置き」であり「罰」であり、すなわち「何かやらかした」から叩かれた。
掃除当番なのに、掃除もせずに遊んでいた。
クラスメートにひどいことをした。(いわゆるイジメですね)
やってはいけないことをやったから叩かれた。
それだけ。
それが当たり前の時代だった。

たけど、今回の桜宮高校の体罰は違う。

自殺した生徒は「罰」を受けるような悪いことはしていないというではないか。

スポーツの指導法に体罰を取り入れる。

その意味が分からない。

指導法に体罰。

全く理解できない。

8 年間、英語講師として働いていたが、生徒にイライラすることも幾度となくあった。
たけど、体罰なんてするわけもなく、イライラする自分の未熟さを反省するのみだった。
指導と暴力は全く相容れないのだから。

スポーツだろうと、英語だろうと、何かを教えるのに暴力は不要だ。
己の無能さを露呈するだけの恥ずべき行為だ。


中学校 2 年の時、担任教師は 30 代の女性教師。
非常に熱心で、生徒一人一人の事情や性格を常に考えてくれていた。
生徒からの信頼も厚く、誰もが慕っていた。
そんな先生がある生徒をホームルーム中に叩く事件が起きた。
そこに至るまでには、様々な出来事があった。
その生徒は 1 年の頃は明るく陽気で、クラスのムードメーカーだった。
彼は勉強は得意ではなかったが、誰にでも明るく接する「気持ちのいい子供」だった。

彼には家庭の問題があったのかもしれないし、何があったのか知らないが、彼は徐々に道を外し始めた。
明るい元気な少年は、いつの間にか非行少年予備軍となっていた。
おそらく幾度も問題を起こしたのだろう。
笑顔もなくなり、やがてクラスメートを傷つけることをした。
その時、担任の先生は彼を叩いた。
平手で彼を何度か叩いた。

その後、先生はぼろぼろと泣きながら、彼の肩をしっかりと抱きしめた。
彼も泣いていた。
肩を震わせてただただ泣いていた。
「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝りながら、先生の手を握りしめて泣きじゃくった。
その姿を見ていたアタシたちは何も言えず、教室は異様な雰囲気になった。
みんなが涙ぐんでいた。
先生の気持ちや、叩かれたクラスメートの気持ちが、なんだかキリキリと伝わってくるような空気だった。

アタシはあの時の先生の行動を「非難に値する体罰」とは思えない。
金八先生パート 2 で金八先生が警察から出て来た加藤優と松浦を引っ叩いて、「このバカチンがっ!」と怒鳴った後に抱きしめ、叩かれた 2 人が「せんせー!」と号泣したのと同じような。


だけど、今回の体罰にはそんな「人間味」は感じられない。
体罰を行った教師は、アタシと同じ歳だ。
おそらく自殺した生徒の親も近い世代なんじゃないだろうか?


部活って必要なんだろうか?とすら思った。
教師にスポーツの指導をさせなければいいのに、とすら思った。