2015年4月19日日曜日

さが桜マラソン 2015:その 2

やっぱり号砲は豪快な方がいいよね?

ってことで、3 回目のフルマラソンいよいよスタートです。
内心、今まで 2 回完走してるし〜って舐めてました。
この油断が後ほど私を苦しめるわけですが。。。

スタート直後は「蒸し蒸しするなあ」くらいで、好調に走り始めました。
ペースも 7 分くらいの快適ペースで走りつつ、雨が今にも降りそうな空を見上げながら、「降るなら後半で」と祈りつつ。
いつもの場所で、応援をしている同級生に手を振り、先頭ランナーをすれ違い様に応援し、マイペースで佐賀県庁前へさしかかり、そろそろ最初の給水ポイントです。

と、早くもここで既に汗だく。
まあ、更年期ですから、普段からちょっと動くと汗だくにはなるんですけどね。
とはいえ、週に 3 日は走っているわけですよ。
汗だくになるにはちょっと早過ぎるタイミング。
そう、湿度が高すぎるんですよ。
後で気象情報をチェックしたら、午前中は湿度が 90% を軽く超えていましたしね。

とにかく汗が出るときは水分補給が命綱です。
350 ml のペットボトルも持ってるし、その点は安心なんですけどね。
10 km 過ぎまで給水は水だけなんで、これがちょっと残念だけど、自分のスポ飲(薄め)がありますしね。

昨年より早めのペースで滑り出し、10 km までは順調にそのペースを維持。
ま、単純にそれを 4 倍プラス 30 分でサブ 5.5 はいけそうなんですけどね。
マラソンは単純にいかないから面白いんですが。

大雨とか雷とかの心配をよそに、いっこうに雨が降らない
降らないどころか、明るくなっている気がする
いや、確実にどんどん空が明るくなっている
そして予想以上に気温が上がっている。
15 km 地点あたりでは完全に青空が広がって、塩分サプリを投下しないと危険な感じで暑くなってきました。

我が家の応援ポイントその 1 が近づいて来て、農道に路駐している赤い車発見!
昨年タケノコ掘りを優先させたバチが当たり、イノシシにタケノコを食い尽くされたらしい父親も応援に参加。
家族のお祭り騒ぎな応援に余裕の笑顔で手を振りつつ、「あつかー!」と愚痴りつつ、まだペースは維持して軽快に進みます。
昨年は土台だけだった馬場ボデーのエッフェル塔が今年は完全形です。
歩道にちょっとよけて、写真を撮って、またコースに戻ってスタスタ走ります。

かの有名なエッフェル塔

晴れてんじゃんよ!!

ここで大事なことを思い出しました。
福岡マラソンは雨まじりだったのにしっかり日焼けしたので、それをふまえて顔にはガッツリ日焼け対策を施したものの、大雨予想だったので腕はアームカバーだけで何も塗っていなかったのでした。
「あ。。。」と気付いたときには既に遅し。
アームカバーから出ている手首より先が明らかに、既に焼けているではないか!
「参ったなあ〜」と思いつつ、ちょっとアームカバーをずらしつつ、「あとで変な日焼けになるぞ〜」とトホホな気分も満載です。


さて、昨年よりも桜は残っているのですが、個人的には散った花びらがピンクのじゅうたんみたいになっている桜並木もなかなか素敵だと思うんですよ。
風が吹くとひらひら花びらが舞うのもすごく素敵でしたよ。


沿道の住民の皆さんの温かい応援に手を振る余裕がなくなるくらいに暑さでバテはじめました。
持参したスポ飲はとっくになくなり(すべての給水所でたっぷり給水しているにもかかわらず)、給水所のおばちゃんに「いっぱい入れていきなさい!」とドリンクをボトルに補給してもらい、かけ水をかぶります。
飲んで体内の水分を補い、かけ水で体温を調整するのですが、いかんせん照りつける太陽は容赦なしですよ。
20 km あたりでサブ 5.5 は無理かも?ってくらいにペースダウン。
冷静に考えると、私のような鈍足には 5.5 時間ですら無理目なんですけどね。

ハーフを過ぎ、吉野ヶ里公園に入る頃には「完走も怪しいかもしれない」くらいにズタズタですよ。
両太ももがパンパンに張っていたので、ストレッチしようとして逆に「ぴきっ!」と攣ってしまう始末。
少しずつゆっくりストレッチして、歩きながらお目当てのそうめんとぜんざいの給食ポイントへ。

美味しい!
マラソンの給食のそうめんは極上ですよ。
おかわりいただいちゃったよ。
○のうどんとちがって、十分な数が用意されていたよ!
ぜんざいもとっても美味しかった!

なのに、私はもう走れないわけですよ。
とぼとぼ歩き始めたのに、まだ先は長いわけです。
走っては歩き、歩いてはちょっと走り。。。
収容バスとすれ違った時、「ああ、ドナドナされてしまう〜」と諦めるくらいに疲れ果てていました。
まだ 30 km にすら届いていないのに。

そしてやっぱりの向かい風。
去年このあたりで泣きながら歩いている女の子を見かけたけど、今年は私が泣きそうですよ。(まだ泣いてないけど)
給水、給食でなんとか持ちこたえ、応援のおばちゃんたちにパワーをもらい、やっとやっとで 30 km 地点が近づいて来たけど、遠い!
31 km 地点あたりに我が家の応援団が待っているのが見えたけど、手を振る余力もなく、弟によれば「写真を撮るのもはばかられるくらい死にそうな顔」をしていたらしく、叔母が渾身の力で応援をしてくれました。

ありがたいですね。
家族はともかく、沿道で応援してくれている人は全員赤の他人ですよ。
大人も子供も熱く励ましてくれます。
でもね、とにかく暑いんですよ。
しかも、頭がガンガンしてくるし。
あと 10 km 走れるんかな?と思いつつ、ほとんど歩きの状態でとぼとぼ進みます。
今年は私だけじゃなくて、とにかく歩いている人が多かった。
気温が低めだった去年は最後尾あたりの人もゆっくりだけど走っている人が多かったのに、もうほとんどの人が歩いている状態。
しかも、何人も倒れて介護されていたし、救急車も何度も来たし。
メディカルランナーに手当てされている人も見かけたし。

過酷ですよ。
マラソンは過酷ですよ。
35 km 過ぎても、もう力が湧いて来ない。
脚は痛いし、頭もガンガンするし、ゴールは遠いしで、涙がボロボロ流れてきました。

ボランティアのおばちゃんが「ほら、羊羹たくさん食べんね!もうちょっとやけん大丈夫!」と励ましてくれます。
でも、食いしん坊の私が羊羹すら 1 個しか食べられないくらい、そのくらい苦しくて辛くて。
どんなに遅くとも走ってゴールラインを超えたいなーとも思うんだけど、体が言うことを聞いてくれないんですよ。


「もう、嫌だ。マラソン辛い。もうマラソンなんて走らないぞ!」って涙が止まらなくなるんですよ。

そんなときに道の両側で高校生たちがピンクのポンポンや太鼓やらでとにかくあらん限りの力をこめて応援しているのが見えました。
ものすごく元気に、それこそ泣きながら走っているランナーや、脚を引きずっているランナーに「大丈夫!もう少し!マイペースで行こう!大丈夫よ!!」と大声で応援してくれるんです。


あなたは誰かに全力で応援されたことがありますか?
全然知らない人に全力で応援されたことがありますか?


私は苦しくて辛くてボロボロ泣いていたのに、彼らの声を聞いて嬉しく嬉しくて、またボロボロ涙がこぼれてきました。
私は普段 1 人で仕事をしています。
自宅の一室に朝から晩まで籠って、1 人で黙々と翻訳をしています。
誰も応援なんてしてくれません。
年に 1 回、佐賀でこんなにも温かい、そして熱い応援をしてくれる人たちがいる。
それがあるから、私は好き好んで 42 km も走るんだなって、そう気付きました。


大丈夫。走れる。あとちょっとだから走れる。
競技場に入っても、ゴールが遠い。
賑やかな DJ の声は聞こえるけど、スタンドは見えているのに、なかなか近づかない。
やっとトラックに入ってゴールしたときは身も心もボロボロになっているんだけど、「あー、また来年も走ろう」って思うんです。

来年こそは、応援してくれた人にもっと「ありがとう」って言いたいんですよ。


ゴール後芝生に座り込んで見上げた青い空と白い雲