熊本と大分で被害が大きいから「九州中部地震」でいいんじゃないのかな?
去る4月14日木曜日午後9時半頃。友達の誕生日にワインを贈るためにFacebookのメッセンジャーで住所の確認をしていたら、突然大音量のアラーム。初めて聞く音に驚き、まず「メールの通知音がこんな爆音に?」と意味不明なことを考え、2秒ほど経って、「あ!」と気付いた瞬間、ガタガタという音とともに世界が横にゆらゆらと揺れ始めた。福岡西方沖地震を思い出して「地震だ!」と気付いたものの、なすすべなく茫然自失の状態。何分も揺れていたような気がしたが、私が一人茫然自失状態にあったとき、猫たちは一斉にこたつの下、ベッドの下に隠れてしまった。揺れが収まって、友達と「大丈夫?」と無事を確認し合った後、ネットの地震速報を見ると「熊本地方震度7」と大きく出ていた。熊本で震度7?テンキー配列は4の上に7があるからミスタイプだろうと思ったものの、本当に震度7だった。
地震のときは電話が繋がりにくくなる。熊本に身内はいないので、電話を使うことを控えた。地震発生から1時間ほど経ってから、佐賀の両親から電話がかかってきた。ひどく揺れたけど問題はないとのこと。その後、家の中を見て回ったところ、本棚の扉が開いて、中から軽いものが飛び出していた程度で、目に見える損害は何もなかった。ようやくテレビをつけたものの、その後なかなか眠れず。猫もそっと様子をうかがいながら隠れていた場所から出てきた。夜中に余震で揺れる度に猫を撫でながら深夜遅く就寝。
翌4月15日金曜日午後5時過ぎ、平日プチ別居中の夫(姑が独居老人のため平日数日を実家で生活中)が戻ってきて、猫たちは若干落ち着きを取り戻したものの、神経質なフクちゃんが軽いノイローゼ状態で私や夫の姿が見えなくなると探しまわるので、トイレに行くにも一緒に連れて行き、仕事中もずっと一緒にいた。
同日、ずっと余震が続き、福岡でも幾度となく揺れた。我が家では食料の備蓄が極端に少なく、非常持ち出し袋もない。おまけに懐中電灯すらどこにあるのかわからない始末。やっと見つけたと思ったら、猫の粗相を発見するためのブラックライトだった。これを機に非常持ち出し袋と非常食の準備をしようと決めた。午前1時頃就寝。自転車用のLEDライトを枕元に置いて寝た。
4月16日土曜日午前1時半頃、大音量のアラームとガタガタという音、激しい揺れに飛び起きた。さっき眠りについたと思ったが、時計を見ると午前1時半。布団に入ってから30分しか経っていない。前日より激しい揺れ。熊本で被害が拡大している。午前3時半頃再び就寝。
同日、起床時から頭痛。起床すると夫が「阿蘇大橋がなくなった」と言う。何を言っているのかわからない。パソコンで画像を見せられて驚きのあまり言葉も出なかった。九州、とりわけ福岡や佐賀の若者にとって、阿蘇は車の免許を取ったら何度となく訪れるドライブコース。実際、この前の週に阿蘇ではないが、近くの久住にある温泉に1泊旅行をしたばかり。久住から望む阿蘇五岳の雄大な自然に心を洗われたばかりだった。阿蘇の中でも私は南阿蘇が大好きで、年に1度は南阿蘇の温泉に泊まりに行く。南阿蘇に行くときに必ず通るのが阿蘇大橋。国道57号線と南阿蘇を結ぶなくてはならない橋。その橋がなくなった。崩落してしまった。山肌が崩れて建物も飲み込んでしまった。近くの大学の寮が倒壊して、若い命も飲み込まれてしまった。私の大好きな阿蘇の姿が大きく変わってしまった。雲仙の大火砕流をテレビで見たときと同じ、情け容赦ない自然の圧倒的な力。
仕事をしようと仕事部屋に行くと、iMacの位置が20センチ以上ずれていた。キャスター付きの家具がちょっと動いていたり、また本棚から軽いものが落ちていたり、その程度のことで済んだ。日中、何度も余震を感じた。ずっと揺れ続けている感じが抜けなくなったので、夕方はテニスで思い切り体を動かした。この夜はいつもと同じ時間に眠れた。
4月19日、熊本に単身赴任中の同級生にメールしたところ、断水4日目となり収まる気配のない余震に疲れ果てているそう。
もし可能ならば、せめて九州他県の揺れが少ない地域に逃れることはできないものだろうか?避難所生活が長く続くことは容易に想像できる。余震がいつ収まるのかもわからない。それならどうしても熊本に残らなくてはならない理由がある人以外は、他県に一時的に非難できないのだろうか?避難所や救出現場、捜索現場を撮影する少なからざるマスコミ。その場にいるのなら人の不幸にカメラを向けるより他にやることはないのか?怒りを感じる。熊本だけでなく、九州は地震には不慣れだ。多くの家庭が非常持ち出し袋の用意をしていないと思う。物資供給の手際の悪さ、マンパワー不足、交通網の寸断。問題山積の被災地。阪神や東北で被災を経験した行政担当者の力を借りられないものか。などと、つらつら考えている。
一刻も早く避難している人に必要な支援が届いてほしい。また阿蘇の雄大な自然をまた見に行けますように。
オスプレイによる救援物資の搬送を「政治利用だ」と佐賀の愚か者が騒いでいると知り、同じ佐賀の人間として恥ずかしいことこの上ない。
九州以外の地域の皆さん。熊本も大分もとても素敵なところです。温泉が豊富で、食べ物も新鮮で、山や海が美しいところです。復興したら、ぜひ一度訪れてみてください。
2016年4月20日水曜日
2016年4月5日火曜日
さが桜マラソン2016 〜まとめ〜
今回のフルマラソン覚え書き
★反省点
★反省点
- 体重を落とせず、ベスト体重より3kgも重い体で走ったのは、私が怠け者だからではなく更年期のせい
- やっぱりシューズはアシックスの方が良かったかも
- ストレッチはいきなり全力で引っ張るな!
★頑張った点
- 給水・給食以外は歩かなかった
- 応援している人に「ありがとう」とたくさん言えた
- 自己ベスト10分更新
★課題
- 体幹部の筋トレ(腕ふりができていないので、推進力ゼロ)
- アネッサSPF50+よりも強力な日焼け止め(あるの?)
★ポケット・ポーチの中身
- スポーツドリンク(250mlのボトル)給水所で2回補充
- 井村屋のスポーツようかん1本
- パーフェクトプラスゼリー1個
- 干し梅(セブンイレブン)5粒
- イブプロフェン鎮痛剤2錠
- 芍薬甘草湯(漢方薬)1包
★トレーニングについて
昨年もそうだったけど、レース前に30km走は一度もやっていない。初フル前に30km走をやって外反母趾の痛みが出たので、それ以来ハーフより気持ち長めの距離を数回走るにとどめている。30km走にこだわるのではなく、私の場合は3時間走にこだわっている。今のところしっくりきているので今後もハーフよりちょっと長い距離を確実に気楽に走れるように体を維持したい。
仕事が忙しいこともあって週に3日しか走っていないけど、むしろオーバーワークによる故障がなくなった。他の日に自転車や水泳ができればいいのだけど、右肩の関節を痛めて水泳ができなくなったので、自転車や筋トレをもう少し取り入れようと考え中。
レース前3か月の月間走行距離は120km程度しか走っていない。10月のハーフから4月のフルという間隔が一番無理がなくてプレッシャーもなくていいかも。(来年から桜マラソンが3月の第3日曜に変更だけど)
★今後の目標
ハーフでサブ2.5、フルでサブ5.5を目指すけど、おそらくこれが私の身体能力では限界。
★まとめ
ジョギングを始めた頃は「新しい趣味が増えた」程度のゆるい楽しみだったものの、マラソンを走るようになってからはいろんなことを変えなくてはならなくなった。特に冬場の自己管理には手が抜けないので、見方によっては大変かもしれない。食事制限もするし。ただ、フリーランス翻訳者という仕事柄、自己管理は仕事の一部。風邪を引いても代わりに仕事をしてくれる人がいないのだから、マラソンがきっかけで風邪を引くこともめっきり減り、病気で仕事を休むこともほぼゼロ。
では、人にもすすめるか?というと、それはノー。向き不向きがあると思う。たまたまマラソンが私の性格に合っていたのだと思う。地味にコツコツと取り組むのは翻訳と似ている。ただ、楽器の練習とも似ているのだけれど、ギターはいっこうに練習する気になれず、また長いこと放置している。
さが桜マラソン2016 〜その3〜
ストレッチはそーっと伸ばせ!
軽い気持ちでストレッチしたところ、筋を痛めてしまったおバカさんだが、食い意地根性だけは人並み以上なので、とにかく吉野ヶ里歴史公園を目指して30秒ほどペースを落として走る。
給水所では手ぬぐいを濡らし、左足首に水をかけ、「ほ〜ら、痛くない、痛くな〜い!」と無駄な自己暗示をかけながら吉野ヶ里歴史公園にたどり着いた。
取りあえずそうめんとぜんざいを食べてから考えようと思い、痛む足を引きずりながら、6:4の割合で右に多めに体重をかけながら、「あと少し体重軽かったらな」と己を恨みながら、給食にありついた。
そうめんをお代わり。
毎回遅くて間に合わなかった「さがほのか」にもありつけた。
3つ目のふるまいのぜんざいを食べ終わったあたりに救護所があって、ストレッチ(その時の私には「ストレッチ」という言葉すら恐ろしい)してもらえるのだけど、そんな時間はない!という遅めランナーさんはエアサロンパスをシューシューしてもらえる。
「左足首にお願いします!」とかけ水で冷やした足首にエアサロンパスを吹きかけてもらい、痛みが麻痺してきたのでリタイアせずに頑張ってみることにした。
時々コース脇で、股関節やアキレス腱をじわーっと慎重にストレッチしながら、ペースも若干抑えながら、しかし歩かずに走り続ける。
2回目のトイレで数分並び、ここで痛み止め投入。
この痛み止めは足首ではなく、頭痛がしてきたため。
曇ってはいるものの、やはり暑さで頭痛がしてきたので早めに鎮痛剤を飲んだ。
これが功を奏して、足首の痛みが完璧に止まった。
「おー、痛くないぞ!」と浮かれていると30km地点手前の目印にしていた平和鋼材の建物が見えてきた。
地元なので、いちいち目印が細かく具体的なのだ。
30kmの壁で去年はズタボロになったので、今回は山の景色や田園風景を眺めながら、気をそらしつつ走る。
30km地点を過ぎても、歩くことなく走ることができている。
30km地点を過ぎた折り返しポイントで弟と夫が応援しているはずだけど、姿が見えないものの、こっちは完走できるかどうかが重要マターなので走ることに集中!
35km手前でまた少し痛み出したものの、コース脇でストレッチしていると応援していた女性が近寄ってきて、「エアサロンパスありますからかけましょうか?」と助けてくれた。
足首にかけてもらって、励ましてもらってちょっと力が湧いてきた。
この辺りまで来ると、「完走はできるはず!」と自信も湧いてくる。
ただ、突然けいれんなんてしたら大変なんで、芍薬甘草湯も飲む。
マズい粉末だけど、マズいなんて言っていられる状態ではない。
ゴールまでの距離をカウントダウンしながら、給食をたっぷり食べて最後の給食ブラックモンブランを目指す。
40km地点あたりの名物となった熱血応援団は今年も熱い応援をおくってくれて、涙ぐみながら最後のお楽しみの給水・給食ポイントへ!
ない!
ブラックモンブランがないっ!!!!
軽くショックを受けて、最後の2km。
競技場の敷地に入ってから、トラックまでの数百メートルの遠いこと!
競技場のトラックに入ったときには、達成感と安堵感と嬉しさで痛みもすっかり忘れて全力で走った!
フィニッシャーズタオルをかけてもらい、完走証を受け取って、天然芝のピッチに寝転がってストレッチ(もちろん、じわーっと慎重に)。
さが桜マラソンの魅力のひとつが、競技場ゴール。
40数年前に国体のために建設された競技場で、フィールドは天然芝。
年に何度かJ1サガン鳥栖の試合も行われる立派な芝のフィールドだ。
一般ぴーぽーにはなかなか立ち入るチャンスがない場所なので、格別感が味わえておすすめ。
ファンランでも競技場ゴールなので、ぜひ体験していただきたい。
福岡マラソンのゴールとはえらい違いですぞ!!
足首を痛めたにもかかわらず、なんとかゴールできた上に自己新記録でした。
といっても、5時間38分50秒という遅さだけど、いいのだ!
いろんなコツがわかったから、来年こそサブ5.5を目指すのだ!
夕食は実家の家族に焼き肉を振る舞って、その日のうちに福岡に戻った。
翌朝左足首を見たら、赤黒くなって腫れていたので整形外科に。
痛めた覚えのない右足甲の小指側も痛かったので一緒に診てもらった。
痛みでリタイアの危機まで私を追い込んだ左足首は腱鞘炎だったが、右足甲は疲労骨折の手前の状態とのこと。
今回の教訓
ストレッチは慎重に!!
軽い気持ちでストレッチしたところ、筋を痛めてしまったおバカさんだが、
給水所では手ぬぐいを濡らし、左足首に水をかけ、「ほ〜ら、痛くない、痛くな〜い!」と無駄な自己暗示をかけながら吉野ヶ里歴史公園にたどり着いた。
取りあえずそうめんとぜんざいを食べてから考えようと思い、痛む足を引きずりながら、6:4の割合で右に多めに体重をかけながら、「あと少し体重軽かったらな」と己を恨みながら、給食にありついた。
そうめんをお代わり。
毎回遅くて間に合わなかった「さがほのか」にもありつけた。
3つ目のふるまいのぜんざいを食べ終わったあたりに救護所があって、ストレッチ(その時の私には「ストレッチ」という言葉すら恐ろしい)してもらえるのだけど、そんな時間はない!という遅めランナーさんはエアサロンパスをシューシューしてもらえる。
「左足首にお願いします!」とかけ水で冷やした足首にエアサロンパスを吹きかけてもらい、痛みが麻痺してきたのでリタイアせずに頑張ってみることにした。
時々コース脇で、股関節やアキレス腱をじわーっと慎重にストレッチしながら、ペースも若干抑えながら、しかし歩かずに走り続ける。
2回目のトイレで数分並び、ここで痛み止め投入。
この痛み止めは足首ではなく、頭痛がしてきたため。
曇ってはいるものの、やはり暑さで頭痛がしてきたので早めに鎮痛剤を飲んだ。
これが功を奏して、足首の痛みが完璧に止まった。
「おー、痛くないぞ!」と浮かれていると30km地点手前の目印にしていた平和鋼材の建物が見えてきた。
地元なので、いちいち目印が細かく具体的なのだ。
30kmの壁で去年はズタボロになったので、今回は山の景色や田園風景を眺めながら、気をそらしつつ走る。
30km地点を過ぎても、歩くことなく走ることができている。
30km地点を過ぎた折り返しポイントで弟と夫が応援しているはずだけど、姿が見えないものの、こっちは完走できるかどうかが重要マターなので走ることに集中!
35km手前でまた少し痛み出したものの、コース脇でストレッチしていると応援していた女性が近寄ってきて、「エアサロンパスありますからかけましょうか?」と助けてくれた。
足首にかけてもらって、励ましてもらってちょっと力が湧いてきた。
この辺りまで来ると、「完走はできるはず!」と自信も湧いてくる。
ただ、突然けいれんなんてしたら大変なんで、芍薬甘草湯も飲む。
マズい粉末だけど、マズいなんて言っていられる状態ではない。
ゴールまでの距離をカウントダウンしながら、給食をたっぷり食べて最後の給食ブラックモンブランを目指す。
40km地点あたりの名物となった熱血応援団は今年も熱い応援をおくってくれて、涙ぐみながら最後のお楽しみの給水・給食ポイントへ!
ない!
ブラックモンブランがないっ!!!!
軽くショックを受けて、最後の2km。
競技場の敷地に入ってから、トラックまでの数百メートルの遠いこと!
競技場のトラックに入ったときには、達成感と安堵感と嬉しさで痛みもすっかり忘れて全力で走った!
フィニッシャーズタオルをかけてもらい、完走証を受け取って、天然芝のピッチに寝転がってストレッチ(もちろん、じわーっと慎重に)。
さが桜マラソンの魅力のひとつが、競技場ゴール。
40数年前に国体のために建設された競技場で、フィールドは天然芝。
年に何度かJ1サガン鳥栖の試合も行われる立派な芝のフィールドだ。
一般ぴーぽーにはなかなか立ち入るチャンスがない場所なので、格別感が味わえておすすめ。
ファンランでも競技場ゴールなので、ぜひ体験していただきたい。
福岡マラソンのゴールとはえらい違いですぞ!!
足首を痛めたにもかかわらず、なんとかゴールできた上に自己新記録でした。
といっても、5時間38分50秒という遅さだけど、いいのだ!
いろんなコツがわかったから、来年こそサブ5.5を目指すのだ!
夕食は実家の家族に焼き肉を振る舞って、その日のうちに福岡に戻った。
翌朝左足首を見たら、赤黒くなって腫れていたので整形外科に。
痛めた覚えのない右足甲の小指側も痛かったので一緒に診てもらった。
痛みでリタイアの危機まで私を追い込んだ左足首は腱鞘炎だったが、右足甲は疲労骨折の手前の状態とのこと。
今回の教訓
ストレッチは慎重に!!
さが桜マラソン2016 〜その2〜
お祭りは楽しんだ者勝ち。
9時に陸上競技場前をスタートし、Eブロックのランナーがスタートラインを通過したのは8分後。
まず安全のために周りのペースに合わせてペースメーカーになりそうな人を探す。
序盤10kmちょっとは市街地を走る。
佐賀県庁の周りの桜を眺めながらも、この10kmはファンランのランナーが追い上げてきて人と人の間を縫うように走るので、周囲の気配にも注意しつつ、衝突しないように走らなくてはならないので、ペースを維持するのもちょっと大変。
どうせなら、彼らもフルを走ればいいのだよ。
フルの先頭集団の中に、マントを着けて走る知人を発見したので大声で声援を送る。
ファンランのランナーがいなくなると、全体のペースが安定するはずだけど、今年は暑さのせいかペースが上がらない人もいたり、敢えて抑えめで走っている人もいたりで、昨年より渋滞気味。
予定より15秒ほど速いペースで走っていたが、GPSウォッチで何度も確認するのも面倒なので、吉野ヶ里までは感覚的に「心地よいペース」で走ることにした。
12km地点あたりに係留された気球を眺めながら、かなり高めの気温で汗がたくさん出るものの、曇っているので去年よりは辛くない。
コースマップ
9時に陸上競技場前をスタートし、Eブロックのランナーがスタートラインを通過したのは8分後。
まず安全のために周りのペースに合わせてペースメーカーになりそうな人を探す。
序盤10kmちょっとは市街地を走る。
佐賀県庁の周りの桜を眺めながらも、この10kmはファンランのランナーが追い上げてきて人と人の間を縫うように走るので、周囲の気配にも注意しつつ、衝突しないように走らなくてはならないので、ペースを維持するのもちょっと大変。
どうせなら、彼らもフルを走ればいいのだよ。
フルの先頭集団の中に、マントを着けて走る知人を発見したので大声で声援を送る。
ファンランのランナーがいなくなると、全体のペースが安定するはずだけど、今年は暑さのせいかペースが上がらない人もいたり、敢えて抑えめで走っている人もいたりで、昨年より渋滞気味。
予定より15秒ほど速いペースで走っていたが、GPSウォッチで何度も確認するのも面倒なので、吉野ヶ里までは感覚的に「心地よいペース」で走ることにした。
12km地点あたりに係留された気球を眺めながら、かなり高めの気温で汗がたくさん出るものの、曇っているので去年よりは辛くない。
12km地点あたりからみた気球
写真で見ると「どんより」しているけど、走る方からするとこのくらい「どんより」じゃないと42kmも身が持たない。
10kmを過ぎると時々歩く人も出てくる。
13kmあたりで最初の給食(バナナ)をもらい、トイレに数分並ぶ。
並んでいる間にストレッチをしながら、「そうだ、今日は本格的に痛み始める前にこまめにストレッチをしよう!」と思いつく。
実にいい考えのはずなんだけど、これが後で。。。
うっすらと陽が射し始めて、暑さを覚悟しつつも首に巻いていた手ぬぐいをかけ水で十分に濡らして首を冷やす。
昨年10月のハーフマラソンで濡らした手ぬぐいが大活躍だったので、今回も手ぬぐいを首に巻いていた。
給水の度に手ぬぐいもびしゃびしゃに濡らして熱中症対策。
神埼に入り、18kmあたりで太ももが張ってきたので、一旦コース脇でストレッチ。
右太もも前部を伸ばし、左太もも前部もぎゅ〜っと伸ばし。。。ピキーッ!!!
あ。。。しまった。。。筋が。。。
えーーー!!!!
あと20km以上あるじゃん!
なにやってんのぉぉぉぉーーー!!!
と心の中で叫んでも時すでに遅し。
いや、気のせい、気のせい。
さあ、よく伸ばしたことだし、走らなくちゃね♪
い。。。痛い!!
左の足首、完璧に筋伸びちゃってるじゃん!!!
すごい痛いじゃん!!!!
シューズの紐がキツ過ぎるのかもよ?
ちょっと落ち着いて、一旦紐を結び直そう。
うん、うん、それがいい。
急がば回れ。
コース脇の縁石に腰掛けて、紐をちょっと緩めて結び直す。
さあ、気を取り直して走ろ♪
ちょ。。。いってえええええー!!!!
お、落ち着け。
ちょっと右に体重をかけて、ペース落とそう。
マズいことになった。
実にマズいことになった。
初のハーフマラソンの4日前にかる〜い肉離れやったときより、おそらくこっちの方がマズいことはバカな私にもわかる。
「途中リタイア」が頭をよぎる。
とにかく冷やせ!
そうだ、冷やすんだ!
給水所で足首にじゃんじゃんかけ水をする。
「冷えるかも?」とかお構いなし。
痛いんじゃ!
走れないくらいに痛いんじゃ!
いや、走れてはいるけど、眉間にしわが寄るくらい痛いんじゃ!
不思議と水をかけるとしばらく痛みが引くので、「かけ水アイシング作戦」を続けて、吉野ヶ里までは頑張ることにした。
なぜ吉野ヶ里か?
どうしてもそうめんとぜんざいが食べたかったから。
さが桜マラソン2016 〜その1〜
たっぷりと花を咲かせた桜の樹の下には死体が埋まっている。
坂口安吾の小説か、梅図かずおの漫画だと思うけど、今でも花房豊かな桜の木を見ると、つい「死体が埋まっているに違いない」と思うくらい、子供の頃に読んだ本(漫画)の影響は大きく、ダムの下にも。。。(以下略)
4月3日(日)に佐賀で開催されたさが桜マラソンを走った。
今回で通算6回目、フルになってからは3回目の参加となるのだけれど、練習不足もさることながら、昨年に比べて3kg増えたままの体重も大きな不安要素。
天気予報では曇りのち雨、最高気温は23℃の予想。
23℃と言うと、軽度の熱中症になった昨年と同じ、マラソンにはかなりの高温。
前日から大会公式サイトでは暑さ対策の情報が出ていたので、完全に夏仕様のウェアで参戦。
250mlのペットボトルにスポ飲入れて、ポケットにはゼリー、スポーツようかん、干し梅と、水分、糖分、塩分をしっかり準備。
万が一のために芍薬甘草湯(けいれん対策)とイブプロフェン(頭痛対策)もポーチにイン!
前日に佐賀に帰省したのだけど、コース沿いの桜はどれも満開で、もし死体が埋まっているとしたらかなりの数になるのだけれど、死体が埋まっているはずもなく。
で、運転しながら気付いたのは桜並木は歩道から見るとたいそう美しいのだけれど、車道から見るとさほどでもない。
ただし、本番でランナーが走るのは車道という細かいことはさておき。
金曜日の夕方から炭水化物制限を解除して、土曜日は心置きなくパンやらご飯を食べてカーボローディング。
金曜の夜に夜更かしして、土曜はいつもより早めに起きたので、土曜の夜は午後9時半に無事就寝。
日曜は午前3時半過ぎから目を覚ましては、ひとりでドギマギしてたのだけど、その後すぐに寝入ってしまい、5時半のアラームで起こされた夫に叩き起こされる始末。
朝から菓子パンやら餅をモグモグ頬張り、燃料満タン。
自称低血圧(実際少し高血圧気味)の夫もファンラン(9.8km)に出場するため、ぼんやりしながら餅を食べていた。
昨年とまったく同じウェアを着て、両足の外反母趾の痛み防止のためのテーピングも巻いて、午前8時に弟の車で佐賀陸上競技場へ。
ファンランに出場する友人としばし言葉を交わし、8:40ごろにスタートブロックへ。
坂口安吾の小説か、梅図かずおの漫画だと思うけど、今でも花房豊かな桜の木を見ると、つい「死体が埋まっているに違いない」と思うくらい、子供の頃に読んだ本(漫画)の影響は大きく、ダムの下にも。。。(以下略)
4月3日(日)に佐賀で開催されたさが桜マラソンを走った。
今回で通算6回目、フルになってからは3回目の参加となるのだけれど、練習不足もさることながら、昨年に比べて3kg増えたままの体重も大きな不安要素。
天気予報では曇りのち雨、最高気温は23℃の予想。
23℃と言うと、軽度の熱中症になった昨年と同じ、マラソンにはかなりの高温。
前日から大会公式サイトでは暑さ対策の情報が出ていたので、完全に夏仕様のウェアで参戦。
250mlのペットボトルにスポ飲入れて、ポケットにはゼリー、スポーツようかん、干し梅と、水分、糖分、塩分をしっかり準備。
万が一のために芍薬甘草湯(けいれん対策)とイブプロフェン(頭痛対策)もポーチにイン!
前日に佐賀に帰省したのだけど、コース沿いの桜はどれも満開で、もし死体が埋まっているとしたらかなりの数になるのだけれど、死体が埋まっているはずもなく。
で、運転しながら気付いたのは桜並木は歩道から見るとたいそう美しいのだけれど、車道から見るとさほどでもない。
ただし、本番でランナーが走るのは車道という細かいことはさておき。
金曜日の夕方から炭水化物制限を解除して、土曜日は心置きなくパンやらご飯を食べてカーボローディング。
金曜の夜に夜更かしして、土曜はいつもより早めに起きたので、土曜の夜は午後9時半に無事就寝。
日曜は午前3時半過ぎから目を覚ましては、ひとりでドギマギしてたのだけど、その後すぐに寝入ってしまい、5時半のアラームで起こされた夫に叩き起こされる始末。
朝から菓子パンやら餅をモグモグ頬張り、燃料満タン。
自称低血圧(実際少し高血圧気味)の夫もファンラン(9.8km)に出場するため、ぼんやりしながら餅を食べていた。
昨年とまったく同じウェアを着て、両足の外反母趾の痛み防止のためのテーピングも巻いて、午前8時に弟の車で佐賀陸上競技場へ。
ファンランに出場する友人としばし言葉を交わし、8:40ごろにスタートブロックへ。
Eブロック中程から
競技場の気球係留
今回は風もなく無事に気球が膨らんでいた。
さくさくっとオープニングセレモニーがすすんで、関係者の挨拶も短く簡潔で、いよいよスタート!
さが桜マラソンの「お祭り感」は年々増していて、博多どんたくや博多山笠のようにこの時期になると佐賀は「そろそろマラソンだね」というソワソワ感がそこかしこに見られる。
コース沿いの住民の皆さんも、慣れてきて手際よく私設エイドを切り盛りしている人あり、暑さ対策のためにランナー用にシャワーノズルで水をまいてくれる人あり、トイレを開放してくれる店舗や企業ありと、どんどん進化している。
もちろん、興味のない人にとっては交通規制で渋滞が発生したりするから迷惑なのかもしれないが、そこは祭りだから。
福岡の人間がゴールデンウィークに天神に車で行って「なんでこんなに渋滞してるんだ?どんたく?やめろそんなもん!」と言うようなもんだから。
今回の目標
- キロ7分半ペースでできれば歩かず、トラブルなく完走を目指す。
- できるだけ沿道の応援に「ありがとう」で応える。
- 給食全部完食する。
さて、どうなることやら?
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