2023年2月21日火曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その7

まこちゃんが亡くなってからというもの、ネットの海で記事や追悼コメントを漁り続けた。音楽的な功績よりも人柄を称える記事が多く、その愛されキャラが改めて日本中に知れ渡ったのではないだろうか。幼少時代は父親がアメリカ人だということで差別されたこともあったという。それでも、家族や友人に愛され、すべてを受け入れる寛容さを育み、音楽を家族を仲間をファンを愛した人だった。

まこちゃんを追いかけるようになってから、翻訳者として一流にはなれなくても、死んだときに「寂しくなるね」と言ってもらえるような人間にならなれるのではないかと考えるようになった。まこちゃんをお手本に、「善き人」になることを目指したい。

もちろん、私が考える鮎川誠の音楽的功績についても触れておきたい。ひとつは、音楽をプレーすることへの垣根をぐっと下げてくれたこと。「大げさな機材はいらない、上手じゃなくてもいい。仲間と一緒にジャーンと鳴らせばそれだけで楽しいパーティーのはじまりだ」と。

もうひとつは、大都市じゃなくてもシナロケは来てくれたこと。全国47都道府県を全部回るツアーもやった。「俺たちロケッツは、呼んでもらえたら日本中どこでも行くよ!」の言葉どおり、地方の小さなライブハウスにも何度も来てくれた。

ギタリストとしての評価、特に技術的な評価はさほど高くないかもしれない。ただ、ギターを弾いている人にならわかってもらえるだろうが、どんなに高い技術があっても絶対に敵わないオーラ(存在感)がある人だった。「ロックは生」という言葉どおり、同じ演奏なんてひとつもない、毎回その日だけのロックを聴かせてくれた。せっかくなので、最後におすすめの曲(動画)をいくつか紹介してこのシリーズの幕を閉じたい。


『スーツケースブルース』サンハウス

この曲を聴くと、あまりのノスタルジーにお腹が痛くなってしまう。泣きのギターソロがたまらない。柴山さんのボーカルも哀愁があっていい。


『バットマン』『ビールスカプセル』シーナ&ロケッツ

これよ!これ! これにワクワクこんなら、ロックやら聴かんでよか!(暴論)


『アイラブユー』シーナ&ロケッツ

ライブでの観客との一体感がよく出ている動画。


『レモンティー』シーナ&ロケッツ

シナロケと言えば、この曲。ボーカルは三女のルーシー。コロナ禍前なので、そりゃもう大騒ぎ。はしゃいでいる私の姿も映っている。

私も10年後か20年後かはわからないけど、この世を去る日が来る。三途の川を渡ったら、あの世のシナロケのライブ会場に全力ダッシュで向かう所存だ。渡りきる手前からあの爆音が聞こえるに違いない。閻魔様を突き飛ばしてでも最前列を確保するぞ! イェーイ! アイラブユー!



2023年2月16日木曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その6

2月4日、東京ではまこちゃんのロック葬が執り行われ、4000人を超える人が弔問に訪れたそうだ。関係者のコメントも続々と伝えられたが、その中で特に印象深かったのが、サンハウスのドラマー、鬼平のコメントだった。

「もう一度、まこちゃんのギターでドラムを叩きたかった。もう一度だけでいいから」

葬儀後、シナロケ公式アカウントが1本の動画を公開した。

2022年10月2日、別府のライブハウスCopper Ravensで行われたライブのワンシーン。撮影したのはまこちゃんの孫、ゆいちゃんだ。

別府では「地獄へドライブ」と題したライブが2017年から毎年開催されていた。サンハウスの曲『地獄へドライブ』にちなんで名付けられた別府限定のライブ名だ。そして、別府のライブはどういうわけか、たいそう盛り上がる。数年前に福岡のライブハウスで握手してもらったとき、「明日の別府のライブ行きます!去年すごく楽しかったです!」と言ったら、ベースの奈良さんが「あそこ、毎年ものすごく盛り上がるんですよね~」って嬉しそうに笑っていた。


別府Copper Ravens、2019年、シナロケリハーサル中

その、熱さで有名なCopper Ravensのライブ。しかし、2022年のライブは明らかにいつもと違っていた。

8月に久留米で行われたライブでまこちゃんが痩せていることに気付いたのだが、10月になるとさらに痩せ細った姿でまこちゃんは登場した。そして、それに反比例するかのように鬼気迫る演奏。私の中に「このライブが最後のライブになるかもしれない」という予感のようなものが芽生えた。そして、それは他のファンも同じだったのかもしれない。

亡くなった後の報道によれば、5月に余命5か月と診断されたという。つまり、10月はまこちゃんの命の灯が消えてもおかしくない時期だったのだ。思い返せば、サンハウスとしてのライブをスタートしたのも5月。もしかすると、余命が短いことを知ってのことだったのかもしれない。

5月に東京と福岡で行われたライブの音源がCD化されて販売されている。CDを聴いての感想だが、この時期の演奏はどちらかというとまとまりに欠けたリハーサル的な演奏で、リズム隊とギターがかみ合ってない印象を受けた(福岡の音源は録音マイクが良くなかったのかもしれない)。それが8月の久留米ではバンドとしてまとまり、ぎこちなさが消え、10月のライブで完成されたかのようだった。それが別府での圧倒的な演奏だ。

メンバー紹介で号泣するルーシーの姿を見ていると、あの日が鮮やかによみがえってくる。私もあのとき、あの場所で、いつもとは違う何かを受け取ったのだ。覚悟のようなものを。Let's Keep on Rockin'.

もう一度だけでいいからあのギターが聴きたい。

2023年2月4日土曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その5

毎日のように鮎川誠に関するブログを書いているのだが、昨日あたりから私に変化が見られた。それまで、悲しさで胃は痛み、胸のあたりに詰まったような感じがしていたのだが、書いているうちにそうした症状が消えた。

まこちゃんの訃報が他の地域でどう報道されていたのかはわからないが、少なくとも福岡では思った以上に大きく取り上げられた。ローカル局の若いアナウンサーは、時折声を詰まらせながら原稿を読み上げていた。新聞は1面の半分以上を費やして報じていた。早晩、地元の音楽関係者とテレビ・ラジオ局が特番を制作するだろう。一度でも取材をすれば、言葉を交わせば、もう「他人」ではいられないのだ。

みなさんは「ベーコン数」をご存じだろうか。


==Wikiから引用==

映画俳優の共演関係の「距離」をケヴィン・ベーコンを起点に計測する「ケヴィン・ベーコン・ゲーム」[3] (Kevin Bacon Game[4]) [注釈 1]という遊びがある。ケヴィン・ベーコンと共演した俳優に「1」、「1」の人物と共演した人物に「2」というように隔たりの指数(「ベーコン数」Bacon number と呼ばれる)を与えるもので、その指数をなるべく小さくしようとしたり、より遠くの人物に結びつきを見出そうとしたりするものである。もっとも、ここでいう「共演」は端役などで同じ映画に出演したという程度の関係も含まれ、必ずしも面識を持つとは限らない。この遊びは、数学者・科学者の世界におけるエルデシュ数(ポール・エルデシュを中心とした論文の共著関係の広がり)と同様の発想によるもので[注釈 2]、1994年にオルブライト大学の4人の学生が作り出した。

==引用終わり==


ほとんどの人がベーコン数6以内でケヴィン・ベーコンとつながるらしい。ちなみに私のベーコン数は4だった。私>母方のいとこ>母方のいとこの父方のいとこ>母方のいとこの父方のいとこのパートナー(とあるミュージシャン)>ケヴィン・ベーコンだったのだ(心底どうでもいい)。

北部九州の人は「鮎川数」がすごく小さいのではないか?と私はにらんでいる。ちなみに、私の鮎川数は2だ(私>私のギターの師匠(まこちゃんと友達)>まこちゃん)。ここでは、ライブで握手してもらったとか、街中で見かけて声をかけたという程度のつながりはカウントしない。顔と名前を把握してもらっていることを条件としている。ちなみに、夫の鮎川数は3だ(夫>夫のいとこ>夫のいとこの友達(シナロケのドラマー川嶋さん)>まこちゃん)。福岡や久留米を中心に、北部九州には鮎川数1の人がたくさんいて、その人達が折に触れてまこちゃんの魅力を周囲の人に語っている。だから、ファンではなくとも、鮎川数が2以上であっても、悲しんでいる人がたくさんいる。

ところで私は、何年か前にネットで見かけた「死んだ人のことを思い出すと、天国にいるその人の周りにきれいな花が降ってくる」という考え方がとても気に入っている。先代猫たちが死んだときも、天国にいる猫たちにたくさんの花を降らせたし、今でも降らせ続けている。きっと今ごろ、天国にいるまこちゃんは花に埋もれているに違いない。きれいな花がどさどさと降り注いでいるに違いない。「わー、シーナ、見てん!こがん降ってきたよー。嬉しかねー!」とシーナと笑っているに違いない。

『夢のパラダイス』という曲にこんな歌詞がある。

あなたの瞳の泉から

あふれ出しそうな涙を

今夜真珠に変えてあげる

きっと、みんなの瞳からあふれ出した涙も、あふれ出しそうな涙も、みんな真珠になって天国のまこちゃんに降り注いでいるんだ。この歌詞を書いたのはサンハウスのボーカリスト菊こと、柴山俊之。柴山さんは『キングスネークブルース』みたいなダブルミーニングのきわどい歌詞で有名だけど、こういう情感あふれる歌詞もすごく上手い……というより、こういう歌詞の方が柴山さんらしいのかもしれないと思っている。

残された遺族はもちろんだが、柴山さんをはじめとするバンドメンバー(鮎川数1未満)の悲しみを思うと、なんだかまた胸が詰まってくる。本日2月4日、東京でロック葬が開催されるが、おそらく数千人が足を運ぶだろう。今夜みんなの涙が真珠になってまこちゃんの新たなステージを輝かせてくれるはず。

『夢のパラダイス』
作詞 柴山俊之 作曲 鮎川誠
アルバム『New Hippies』に収録


2023年2月3日金曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その4

鮎川誠が日本でもいちはやく公式ウェブサイトを作ったミュージシャンであることを皆さんご存じだろうか。Wordpressなんてない時代に、「htmlコード手打ち」でウェブサイトを自分で作ったのだ。ウェブサイト開設までの奮闘記『DOS/Vブルース』(幻冬舎)には、悪戦苦闘しながらスキルを身に付けていく様子がいきいきと綴られている。

1996年に解説されたウェブサイトは当初のデザインのまま更新を重ね、膨大なブルース、ロック、パンクのアーカイブとして今でもほぼすべてのデータにアクセスできる(シーナ&ロケッツ公式ウェブサイト*)。ライブのセットリストも翌日には更新されていた。21世紀のウェブサイトと比べると、雑然としている印象だし、ページ数も多いし、お目当ての情報を探り当てるのも一苦労だ。でも、ぽちぽちとリンクを辿っていると、思いがけないエピソードや素敵な写真に出会うことも多い。ロック好きの人にはぜひ一度ご覧いただきたい。

ところで私は、産業翻訳者として英語を日本語にすることを生業にしているのだが、このサイトで見つけたまこちゃんの訳詞に衝撃を受けたことがある。誰の曲かも覚えていないうえに、確認しようにもサイト内で迷子になってしまっていまだに見つからないのだが、英語の歌詞から立ち上ってくるざらざらとした感覚が筑後弁(!)で再現されていたのだ。ちょうど福岡で開催される英日・日英翻訳者の国際会議の裏方をしていたときだったので、なんとかしてまこちゃんを招聘できないものだろうか?と考えたりもした。完全に、私利私欲だ(笑)

閑話休題。ウェブサイトには海外のミュージシャンとのエピソードも数多く紹介されている。なかでもイギー・ポップとブルースブラザーズとのエピソードは必読。イギー・ポップについては、去年読んだデイヴ・グロールの自伝『The Storyteller: Tales of Life and Music 』にも人情味あふれる裏話があったのだが、懐の広さや音楽への率直な姿勢がまこちゃんと同じで、読んでいてつい笑顔になった。ブルースブラザーズとのエピソードでは、最近あまり感じなくなった「さすが東京は違うな」的感情が湧き上がった。

パソコンに関しては、古希を記念したライブ(2018年7月福岡)にゲストとして出演したピチカートファイブの野宮真貴がMCのなかでちょっと触れていた。その夏はかなりの猛暑で熱中症の話題が出たのだが、「でも鮎川さんは大丈夫かな。だって、昼間はずーっとパソコンの前にいるんだし」というようなことを言っていた。また、Charとの対談では「すぐネットでギター買っちゃう」と話して、Charに「えー? ネットでギター買うの?」と突っ込まれていた。

もちろん、SNSのエゴサだって怠らない。ライブ前にファンがSNSでリクエストした曲をセトリに入れてくれることもあった。私もTwitterでリクエストした曲を拾ってもらったことが3回ある(『Dynamite』『夢のパラダイス』『ハートに火をつけて』)。偶然かもしれないが。まこちゃんについて書いたエッセイをSNSで公開したら、その日のうちに「いいね!」をもらったこともある。とにかく、「つながっている感」がハンパなかった。

このブログを書きながら、あらためてウェブサイトを見ているのだが、本当にとてつもない情報量だ。テキストと画像だけでなく、音源も数多く公開されている。福岡の音楽仲間と共に作られた「ブルースにとりつかれて」という冊子もアーカイブされていたが、発行者であった松本康さんの没後、公開元であったジュークレコードのウェブサイトが閉鎖されたために残念ながら現在はアクセスできなくなっている。サムネイルだけは残っているので、雰囲気をちらっと感じることはできるかもしれない。

シーナもまこちゃんもいなくなった今、このウェブサイトだけでもずっと存在し続けてくれることを願ってやまない。50年後、100年後に偶然このサイトを見つけた誰かが、サイトにアップされている音源にノックアウトされるさまを妄想すると楽しい。


2023年2月2日木曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その3

鮎川誠といえばギブソンの1969年製レスポールカスタム、通称「ブラックビューティー」だ。有名なギタリストにはシグネチャーモデルがあって、専用ギターをメーカーから提供されていることがほとんどだと思う。しかし、まこちゃんの「ブラックビューティー」はギブソンから提供されたものではなく、もともとは友達の津和野君から借りたものだ(後に買い取ったらしい)。津和野君のエピソードなどは、いろんなところで耳にしたファンも多いと思う。

ちなみに、バンドブームが起きる80年代にはギブソンのレスポールのコピーモデルが出回っていて、お金のない若者に人気があった。私も夫も当時はそうしたコピーモデルを使っていた。ギブソンやフェンダーは高校生にはとても手が出ない値段だったのだ。

現在販売されているレスポールは格段に軽量化が進んでいるのだが、当時のレスポールは本物のコピーもとにかく重かった。現在、我が家にはレスポールの中でもお手ごろなStudioというモデルが2本あるのだが、どちらも重さ3.6kg、なんとフェンダーのストラトキャスターと同じだった。もちろん、まこちゃんのレスポールは軽量化など考えもしない時代のモデルだ。ある新聞記事では約8kgと紹介されていたが、さすがにそれは言い過ぎで、たぶん5kgくらいではないだろうか? 仮に、5kgだとしても、我が家の黒猫の体重と同じである。黒猫をかついだまま2時間、時には3時間も演奏するなんて、とてもじゃないが私にはできない。

演奏といえば、ほとんどのギタリストがエフェクターを使用して音を歪ませたり、パワーアップしたり、わおんわおん揺らしたりする。これは、私程度のへなちょこであってもだ。まこちゃんはエフェクターなんて使わない。でも、まこちゃんの奏でるギターは無骨で荒々しいだけでなく、実に雄弁で、豊かで、温かい。どうしてあんな音が出せたのだろう? ギターが身体の一部になっているとよく言われていたが、あのギターの音はまこちゃんの声そのものだったのかもしれない。まこちゃん亡き今、あのレスポールはもう鳴らないのではないだろうかとすら思えてくる。悲しいけど、心のどこかでそれを願う自分がいる。他の人には弾いてほしくないと。

さて、夫は高校生のころからまこちゃんを崇拝していて、学生時代にやっていたバンドでもサンハウスやシナロケの曲をコピーしていたらしい。数年前から『ユー・メイ・ドリーム』を練習して完コピしたのだが――厳密には、譜面の上での完コピ――そのサウンドには決定的に何かが足りない。彼がライブで演奏した『レモンティー』もなかなかのデキだったし、もうひとりのギタリストもとても上手だったのに、決定的に何かが足りないのは同じだった。きっと、その「何か」こそがまこちゃんが神と呼ばれるゆえんであり(「神」と呼んでいるのは我が家だけかもしれないが)、「オーラ」とか「ロック魂」とかいうものなんだろう。

2019年、ファッションデザイナー菊池武夫のバースデーパーティーで、親交のあるミュージシャンによるライブが行われた(動画はこちら)。私は曲が始まって1分くらい経ってからようやく、「あれ?まこちゃんの横でギター弾いてるの布袋じゃない?」と気付いた。あの大きな布袋ですら、まこちゃんの横では存在感が薄まってしまうのだ。鮎川ファンのひいき目だろうけど……。

SNSにはまこちゃんを偲ぶメッセージだけでなく、市中でのまこちゃん目撃談がたくさん投稿されている。まこちゃんがどんなときもオーラ全開で人々の目を引いていた証だろう。犬の散歩をするまこちゃん。天ぷら屋の駐車場でくつろぐまこちゃん。下北の街をママチャリで走るまこちゃん。雨の日に小学校に娘を迎えに来たまこちゃん。ベンチに座って空を見るまこちゃん。なかでも、一番まこちゃんらしさが伝わってきたのが、辻仁成が目撃した「食器棚を運ぶまこちゃん」(こちらをクリック)。訃報が届いてから沈みっぱなしだった我が家に笑いをもたらしてくれた辻仁成には心から感謝している。ありがとう。


2023年2月1日水曜日

I Love You: 鮎川誠フォーエバー その2

まこちゃんがこの世というステージから降りて3日が経った。私の生活は何一つ変わることなく転がり続けている。朝、ご飯を食べてラジオ体操第一と第二を続けてやったら、パソコンの前に座って夕方まで仕事をする。そして、気が付くと「鮎川誠」で検索している。ひとしきり眺めてため息をついては作業中のファイルに戻る。

私は基本、ハードロックが好きなので、シナロケにはさほど関心がなかった。「ニューウェイブ」に分類していたし、テレビやラジオから流れるシナロケは、なんというか、ちょっと歌謡曲っぽさが強かったのだ。大学生のときに生協でなんとなくサンハウスのLP『有頂天』を買ったのだけど、あまりに暑苦しくてピンとこなかった。当時は、もっとおしゃれな音楽が好きだったのだろう。サンハウスは、あまりに泥臭く、濃厚すぎたのだ。

ちなみに、今はサンハウスを聞くと夏の筑後平野とか、夏のJR鹿児島本線の各駅停車の列車が頭に浮かぶ。九州のサウンドだなあと思う。

社会人になると呑気に音楽を聴く暇などなくなってしまった。30過ぎてから、また音楽を聴くようになっても、当然ハードロックとかメタルばっかり聴く。ギタリストだってテクニカルなギタリストが好きだし、私にとっての神はリッチー・ブラックモアであり、高崎晃であり、ヌーノ・ベッテンコートだったのだ。

それなのに出会ってしまった。知人を案内して訪れた佐賀バルーンフェスタのイベント会場で、シナロケがライブをしていたのだ。歌謡曲っぽさなんて、みじんもなかった。ゴリゴリにロックだった。ぶっといギターサウンドが真っ正面から私に殴りかかってきた。「あ、これだ!」と思った。初めてギターをアンプにつないで大きな音を出したときのワクワクする感じ。何も加工されていない無骨な音の衝撃。そして、長身で黒い服を着て、黒いレスポールカスタムを持つあの姿。それまでに見てきたどんなギタリストよりかっこよかった。カッコよさだけで言えば、クラプトンですら鮎川誠の足元にも及ばないのだ。

それなのに、まこちゃんはとても優しい。誰にでも等しく優しい。ロックが好きなら、世界的なミュージシャンであれ、ライブを見に来たただのファンであれ、みんなに同じように接してくれる。快くサインに応じ、握手して「来てくれてありがとう」と喜んでくれる。まこちゃんの方が喜んでくれるのだ。そんなミュージシャンいるだろうか?

ライブの客層は総じて年齢層が高い。私ですら「どちらかというと若い方の客」なのだ。それでも、ちらほらと若い人を見かける。毎回のように親や友人に連れられて「初めて見に来た」という人を見かける。終演後に彼らが興奮気味に、「カッコよかった! すごかった!」と語るのを常連たちはニヤニヤしながら見守る。

どうして「カッコいい」「すごい」以外の言葉が出てこなくなるのだろう? ずっと考えているけど、いまだにわからない。浜辺で楽しく水遊びをしていたら、突然ゴゴゴ……と大きな波がやって来て、ザブンと飲みこまれてグルングルン流されていく感じなのだ。何度も何度も大きな波の中に飛び込み、グルングルン流されながら、キャーキャー喜んでいた私たちは、今、大海の真ん中にポツンと取り残されてしまった。

幸いにも、各種音楽配信サービスで(おそらく)全アルバムが配信されている。公式の動画もたくさんある。ファンが撮影した写真や動画もたくさんある(シーナが亡くなった直後のライブでまこちゃんが「みんな、写真とか動画とか撮って他の人にも見せちゃって!」的に言っていたのだ)。今日も明日も、仕事の合間に動画を見ながら、小さな波に乗って、自力で水をかきながら、陸地へと戻ろう。3、2、1、0、Dynamite!